2013年8月17日土曜日

新聞のブログ化

ワシントンに来てから朝日新聞と産経新聞をiPADで読むのを楽しみにしている。日本の朝六時、ワシントン時間前日午後4時には朝刊が読める。昔には考えられなかったことだ。一年近く両紙を読み比べて、気が付いたことがある。それは、両紙ともブログ化していることだ。両紙とも、ブログのように主張がきわめて明確で、客観報道の建前はとっくにかなぐり捨てている。  特に安倍政権誕生以降の両紙の安倍首相個人のみならず政策についての報道姿勢は全く対照的だ。産経はひいきの引き倒しといってもいいくらい安倍首相を褒めちぎり政策を支持している。他方朝日は安倍首相に私怨でもあるのか、とにかく彼のやることなすこと、どんな小さなアラでも見つけ出し安倍首相個人や政策をこき下ろしている。参議院選挙の時には、日本はいつからアメリカのように新聞社が支持政党を明確にするようになったのかと思うほど、産経は自民党支持、朝日は反自民の姿勢が明白だった。 iPADで新聞を読んでいるせいか、メルマガやブログの記事を読んでいるような思いにとらわれる。メルマガやブログは明確に自らの主張を打ち出し、賛成であれ反対であれ、それなりに読んでいて興味をひかれる。産経も朝日も、メルマガやブログのように旗幟鮮明にして読者の関心を引き、読者離れを食い止めようとしているのだろうか。 気になるのは、どちらか一紙しか読んでいない人は、それぞれの新聞からしか世界が見えず、世論が二分化していくのではないか、ということだ。もっとも産経の発行部数は2011年で160万部、対する朝日が771万部で四分の一以下だ。世論が二分されることはないかもしれない。ただネットでは、なぜか表現や論理が明確でわかりやすい産経のほうが読みやすい。 他方iPADで天声人語や日曜日の読書欄を読もうという気にならない。表現も論理も複雑で高尚で衒学的な天声人語や書評はネットに合わないようだ。天声人語の深い教養と知識に裏打ちされた内容をいったいどれほどの人が理解できるだろうか。わかりにくければ指でスワイプして読み飛ばす習慣がついたせいか、天声人語など2-3回スワイプして終わりということがほとんどだ。ネット配信の新聞は、紙媒体を単にネットに写し替えればそれで十分というわけではなさそうだ。ネットにあった内容の記事が求められるだろう。新聞のブログ化はその一端かもしれない。 話は違うがワシントン・ポストがアマゾンに売却された。もはや紙媒体の新聞は生き残れないだろう。ワシントン・ポストが経営に行き詰ったのは当然である。アメリカの新聞は街角の自動販売機か新聞スタンドで買うのが基本だ。日本のように宅配制度は発達していない。新聞販売の主力である自動販売機は昔と全く変わらず、コインしか受け付けない。30年以上も前ニューヨーク・タイムズは30セントだった。25セントと5セントの合わせて2枚の硬貨で買えた。現在ワシントン・ポストは、確か2ドルだったと思う。買ったことがないので正確な金額は知らない。2ドルだとすれば25セント硬貨が8枚もいる。ほとんどのアメリカ人は一ドル程度の少額の買い物でもデビット・カードでするために、そもそも硬貨をふだんあまり持っていない。わざわざ新聞を買うために硬貨を持ち歩く人などいない。つまり誰も新聞を買わない。実際新聞を買う人を見たことは一度もない。最近では自動販売機もあまり見かけない。またiPADでワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも無料でたいていの記事は読める。いったい誰が不便をしてまで紙の新聞を買いたいと思うだろうか。日米ともに紙の新聞の将来は暗い。

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