2012年8月18日土曜日

ダマスカス戦線異常なし

今日(2012年8月17日)TBSと日テレの取材チームがシリア北部の町アザーズにトルコ国境から入国し、政府軍による攻撃のもようをリポートしていた。まるで両局の報道ぶりは、まるでシリア全体が戦場であるかのような局部拡大方式のメディア操作としか言いようがない。トルコ国境から入国できたということは、少なくともシリア側の国境管理が反政府勢力が掌握していることの証拠である。それはまたトルコがシリアの反政府勢力を支援していることの現れでもある。つまり、今回の報道は、少なくとも反政府側の便宜供与を受けた取材であることをまずは確認しておかなければならない。現在シリア政府は外国メディアの取材や立ち入りを厳しく制限している(というよりは事実上禁止している)ために、政府側の立場に立った取材はできない。だから政府が支配を確立していると思われるダマスカスの様子は外部に伝わってこない。またそこはあまりに平和であるためにニュースにもならないのだろう。  ダマスカスを見た限りでは、人々の暮らしは比較的安定している。内戦激化のために食糧不足が起こっているとの報道が一部ではあったが、全くのでたらめである。ダマスカス市内のスークに足を運んだが、生鮮食品や食料品はあふれている。なによりも秘密警察に収監されている「犯罪者」への日々の食糧も十分すぎるほどに行われていることを身をもって体験した。主食のイスラム風のパンも毎日大量に留置所に運び込まれていた。副菜も十分にあった。少なくとも食料品が足らなくて(金が足らなくてということはもちろんある)人々が困窮しているなどということはダマスカス市内ではなかった。  食糧供給が安定しているということは、治安が安定していることの証左でもある。イスラエル、アフガニスタン、スリランカ、フィリピン・ミンダナオ島などこれまで戦時下の町には何ヶ国も、何度も行ったが、印象で言えば、ダマスカスは戦時下にあるとは思えないほど安定していた。その一つに要因は、私服でダマスカスの治安を監視している公安警察の存在が大きいと思われる。反政府勢力を徹底的に監視、取り締まりを行っている。だから拷問も日常茶飯事に行われている。表通りを歩いているだけでは気がつかなかったが、護送車に乗せられて路地裏をあちこち連れ回されたときに、車窓からは民兵なのか私服の警官なのかわからないが、銃を持った大勢の男たちが路地のあちこちで周囲の監視にあたっていた。まさに私は、そうした監視の中でスパイ容疑で逮捕された。逆に言えば、徹底した監視網がダマスカスの治安を維持していといえるだろう。さらにアサドに忠誠を誓う兵士、警官、役人たちは今も数多くいる。その証拠といえるかどうか、まるで北朝鮮のように公共機関には必ずアサド親子の写真が貼られていた。アサドの権威、権力、いまだ衰えずである。 とはいえ私が滞在していた一週間で政府軍ヘリによる攻撃を一度目にし、また反政府側の爆弾攻撃にも一度遭遇した。反政府勢力の爆弾と銃撃による攻撃に対し、政府軍側は約10分で掃討を終えた。たまたま日本でいえば入管のような施設に拘束されているときだった。建物を封鎖し職員が銃をもって攻撃にそなえたが、10分ほどで猛烈な銃撃戦が終わり、係官も20分もしないうちに平常業務に戻った。政府側に負傷者は出たようだが、その後の報道では死者は出なかったようだ。火力では圧倒的に政府側が勝っているように思えた。 また強制退去を受けて空港へ護送される途中、車窓からは、2カ所で装甲車に乗った兵士が道路を監視しているのを見ただけである。シリア到着時にタクシーで市内に向かったが、その時には兵士の姿や装甲車など全く見なかった。また強制退去させられた時の空港の様子も普通の空港と全く変わらなかった。空港に銃を構えた兵士がいるわけでもない。ただ、日本の地方空港並の規模でしかなく、また乗降客の数も少ないために、わびしい雰囲気は拭えなかった。しかし、便数は少ないものの航空機は24時間態勢できちんと運行されていた。私が乗ったエティハド航空機も毎日運行されていた。 また空港の待合室にもどこにでもある日常風景があった。家族ずれが多く、小さな子供たちがロビーを走り回っていた。ひょっとするとシリアを脱出するためかと思われるかもしれない。しかし、アブダビからシリアに向かうときにも家族ずれが何組もいたことを考えれば、必ずしもシリア脱出とは言えないのではないか。 シリア情勢に対するメディアの報道は、だれが取材許可を出すかによって全く異なる。現在、欧米メディアを受け入れているのは反政府勢力側である。日本も欧米メディアの一貫として反政府勢力側からの報道姿勢をとったのであろう。そうすると、アサド政権は今にも崩壊、瓦解しそうなニュアンスで伝えられ事が多くなる。一方で、アサド政権側からの報道にある、恐らくロシアや中国しか伝えられないのであろうが、反政府勢力はアルカイダのようなテロリストや欧米など外部勢力の支援を受けているといったニュースは全く外部に伝わってこない。 戦時下の報道で気をつけなければいけないのは、メディアがいかなる便宜供与をいかなる勢力から受けているかを吟味することである。そうでなければ一方的な報道によって判断を誤る原因となる。私が紛争地に入る際に、こうしたバイアスをさけるために一貫して実行しているのが、ツーリスト・ビザで入国できるかどうかである。今回在日シリア大使館はツーリスト・ビザを発給してくれた。またスパイ容疑でつかまったものの、最終的にツーリストとして釈放してくれたシリア政権は、その一事をもってしても、まだ安定しているといえる。 別にアサド政権の肩を持つわけではない。それどころか、その人権侵害政策には満腔の怒りを覚えている。しかし、客観的な事実と主観的な思いとは明確に区別しなければならない。アサド政権が転覆するとするなら、また反政府勢力がアサド政権を打倒することができるとするなら、やはりダマスカスの攻防戦にかかっていると思われる。だが、今のところ「ダマスカス戦線、異常なし」である。

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