2012年10月9日火曜日

尖閣問題はキッシンジャー外交の負の遺産

 尖閣問題を考えるとき、大きく分けて二つの視点がある。第一は歴史、第二は政治である。前者の視点に立てば、尖閣問題は日中の二か国の問題となる。他方、後者の視点に立てば、尖閣問題は日中の問題ではなく、米中の問題となる。我々日本人は前者の視点にばかり目を奪われがちだが、より重要なのは、後者の視点である。なぜなら前者の視点に立つ限り、中国には全く分がないからである。しかし、後者の視点に立てば、われわれに分がないのだ。  中国の主張は、要するに、尖閣は少なくとも明の時代から中国のものであり、1895年の日本の尖閣領有宣言は日清戦争の混乱に乗じて日本が中国から「盗み取った」との主張である。中国の主張の問題点は、国境概念のない明時代の『使琉球録』を根拠にしていることだ。封建帝国の時代の国と国との境界は、線で境界を引くのではなく、面で境界がおかれたのである。琉球が日本と明との両属体制下に置かれていたのは、琉球が幕府や明にとっても辺境の地だったからである。ましてや尖閣は中国の冊封体制下では、皇帝の徳の及ばない化外の地であり、現代の国際法で定められるような領土などではなかった。 国境で囲まれた領土の概念が誕生したのは、主権概念が明確化された近代主権国家になってからである。明治維新によってアジアで初の主権国家として誕生した日本は、主権の確立を図るために、千島、樺太、小笠原諸島、竹島そして尖閣列島と日本の主権の及ぶ範囲を確定したのである。尖閣列島領有を宣言したとき中国は清帝国時代であり、華夷秩序の化外の地であった尖閣を主権の及ぶ領土と主張する近代国家にさえなっていない。中国は、意図せずにかあるいは意図的にか、主権国家の国境概念と封建帝国の辺境概念を混同させている。 意図せずにであれば、中国はいまだに近代主権国家概念の根付かない封建帝国の世界観を抱いていることになる。封建帝国の辺境は国力次第で伸びたり縮んだりする。だから封建帝国の世界観に立てば、国力が増大しつつある中国が尖閣さらには琉球までをも「回収」しようとするのは当然のことなのだろう。もし、中国が前近代的な帝国的世界観に立った外交を仕掛けているのであれば、日本の戦略はまさに国際法に則って中国と堂々と対応し、他方近代主権国家である米国やインド、オーストラリアと協力して中国に近代主権国家のルールを順守させ、さらに日本と同様に中国と領有権問題争っているフィリピン、ベトナムなどと共闘して中国を封じ込めればよい。 他方、政治的視点に立つとき、尖閣問題は日中間の領土紛争ではなく、米中間の覇権闘争の一コマでしかない。というのも尖閣問題はアメリカにとって対中外交の一環でしかないからである。尖閣問題に対する米国の態度は、われわれにはあいまいどころか奇異に映る。なぜなら施政権と領有権を分離しているからである。尖閣に対する施政権は日本にあり、施政権を中国が侵犯する場合には日米安全保障条約が発動されるが、領有権については中立との立場をとっている。このことは、領有権の奪還を目的に掲げて中国が尖閣を武力攻撃した場合には日米安保は発動されないと言っているようなものだ。領海警備はともかく現在日本政府が具体的に尖閣諸島に施政権を行使していない状況では、尖閣問題は領有権問題でしかないと米国は強弁し、日米安保を発動せずにおくことは可能だ。 そもそも施政権と領有権を切り離した背景には、1972年の沖縄返還当時の米中ソの権力闘争があった。当時大統領補佐官であったキッシンジャーは米中国交回復によってソ連を封じ込めようとした。そのため尖閣問題で中国の不興を買わないように領有権問題を棚上げしたのだ。尖閣問題は、その意味で、キッシンジャー外交の負の遺産である。 キッシンジャーは国益を第一にイデオロギーを排して、敵の敵は味方という、権力政治を展開した。中国も、三国志の昔から、権謀術数の国である。ともに権力政治を信奉する毛沢東とキッシンジャーは互いにイデオロギーを超えて肝胆相照らす仲となったことだろう。キッシンジャーの思惑通り、ソ連は封じ込められ崩壊した。一方中国はキッシンジャーが懸念していた国際秩序破壊の革命国家ではなく、共産主義のイデオロギーを捨て、国内外に対してむき出しの軍事力を誇示する共産党独裁国家となった。もし、米国が今もなおキッシンジャー流の勢力均衡概念に基づいて対中関係を考えているのなら、尖閣問題は対中戦略の問題でしかない。 キッシンジャー外交はソ連という米国にとって敵を倒すために中国という本来は共産主義国家で独裁体制である敵と一時的に手を組んだだけのはずだ。ソ連を倒した後、次は中国の共産主義体制を倒し民主化するのが米国の大義ではなかったのか。だとすれば民主主義国家の日本と手を組んで中国の独裁体制打倒は当然であろう。人権を抑圧する中国政府の民主化こそ世界の平和と安定に不可欠であろう。尖閣問題であれ何であれ対中国に対しては日本との同盟を強固にするのが当然である。今こそ米国はキッシンジャー外交の負の遺産を捨て、中国の民主化を進める外交をとるべきだ。日本は米国とともに中国の民主化を進めるべきである。そして領土問題は、中国共産党ではなく中国民主政府との交渉にゆだねるべきである。

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