尖閣列島をめぐって東シナ海が波立っている。中国漁船による海上保安庁船舶への衝突事件で日中両政府が主権をめぐって対立している。今回の事件は海底油田やガス田の資源問題ではない。日本が船長を公務執行妨害で逮捕、基礎すれば、それは日本の国内法を執行することであり、それはとりもなおさず日本の主権の行使に他ならない。尖閣列島の領有を主張する中国政府としては日本が裁判権を行使し主権を行使することは断固として容認できない。日中両国にとって今回の事件は、主権という国家の基本をなす原理原則の問題であり、両政府とも絶対に譲歩できない。
日本は粛々として司法権を行使する以外にない。中国政府に配慮して政治が介入すれば、三権分立の民主主義の原則を侵犯することになる。日本政府にできることがあるとしても、それは日本が三権分立の民主主義国家であり、司法への介入はあり得ないことを中国政府に説明することだけだ。だから馬淵国交大臣が中国の大臣との会談を拒否するなど、中国政府の挑発に乗った下策中の下策だ。かつての中国の王朝がそうであったように(?)、日本政府は大人の風格を持って泰然自若、鷹揚として構えていればよいのだ。
他方、中国は日本の裁判権行使に対して抗議をする以外に対抗策はない。しかし、その対抗策は限定的にならざるを得ない。要人の訪問の中止、会談の延期など政府による対抗策はさまざまな分野、レベルの交流の中断などが考えられる。また最悪の場合中国海軍による「中国領海内を侵犯する」海上保安庁船舶への威嚇行動や示威行動も考えられる。とはいえ軍事衝突まではエスカレートできない。もしそんなことをすれば、中国の軍事大国化を世界中にアッピールすることになり、中国への世界的な警戒感が広がるからだ。あるいは現在日中両政府の合意で中断しているガス田の開発を再開し、実効支配を国際社会に明示するかもしれない。
また民間でも旅行の「自主的」中止や公演や催事の中止が考えられるだろう。一万人の大旅行団の訪日中止、日本の訪中団の訪中拒否、さらにスマップの公演延期などさっそく影響が出てきている。ごく一部に反日活動の動きもある。もっとも政府が民間の反日活動を放置することは無いだろう。反日が直ちに反政府運動になるおそれがあるからだ。いずれにせよ一党独裁の中国政府としても、世論の動向には細心の注意をはらわざるを得ない。政府の対応は常に人民世論の動向を注視しながら行われるだろう。つまり中国政府の対抗策の限界は、人民の反日感情をなだめる程度に対抗策をとる一方で、対抗策が民間の反日運動を反政府運動に拡大させない程度だということだ。ここに日本の外交の活路がある。中国政府も一方的に対抗策を拡大させることはできない。
さて、より本質的な問題として、先覚問題はどのように解決すべきなのだろうか。ことは主権にかかわる問題である。結論から言えば、領有問題については棚上げ、漁業やガス田問題等経済的問題については交渉による妥協だろうか。たとえて言えば、離婚した夫婦の子どもの親権をめぐる法律的な争いは棚上げして、子どもの養育費や育て方をどのようにするかを話し合いで決めるようなものだ。
主権には形式的主権と機能的主権の二つがある。形式的主権とは国際法上、国家に認められた国家の最も重要な権利であり、たとえば国家の独立や内政不干渉のような他国との関係とは関わりのない国家固有の権利である。したがって形式的主権は一切妥協や譲歩の余地のない絶対的権利である。一方機能的主権は経済や軍事に関わる国家の権利である。たとえば国家は経済政策や安全保障政策を決定できる。しかし、経済政策も軍事政策も他国との関係を考慮せざるを得ない。たとえば為替は他国通貨との関係で決定される。また防衛力も他国との関係で決定される。逆に言えば、国家が決定できる権利があったとしても自国だけで決定できるわけではなく、他国との交渉、妥協の中でしか決定できない。その意味で経済や軍事に関わる主権は相対的主権にすぎない。領土問題を考える時は、この主権の二つの側面を考慮しなければならない。
ガス田の開発の問題は配分政治の問題であり、機能的主権や相対的主権の問題である。だから経済や市場原理に基づいて、相互に利益を得ることができるよう妥協や譲歩が可能である。早稲田大学の天児教授が「脱国家主権」を主張するように(『朝日新聞』2010年9月22日朝刊)「脱国家主権」化できるのは、まさに経済問題である。ガス田の開発問題を相互に利益が出るように、国家の政策に委ねるより市場原理に委ねてしまうのである。この文脈で経済紛争では「脱国家主権」化は可能であろう。
しかし、今回の尖閣問題は日本の司法権の行使という意味で、形式的主権の問題であり絶対的主権の問題である。もっと言えば承認政治に関わる国家のアイデンティティの問題であり、「脱国家主権」化できない問題である。
結局のところ、今回の事件の落とし所は、日本は司法権を行使し中国は抗議するということで双方が国内外に対する面子を維持しつつ領有権問題を棚上げし、ガス田開発問題についてはいずれ市場原理に基づいて解決するということになる。いずれにせよ金儲けという実利的な配慮が働いて事件は沈静化する。金儲けに狂奔する中国が船長一人のために、単なる面子のために何百億、何千億元という実利をすてるとは思えない。それは日本も同じだ。
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