2012年11月23日金曜日

アメリカも尖閣問題の当事者

アメリカは尖閣諸島問題にまるで他人事のように「中立」的立場を装っている。しかし、ワシントンの政治家たちは中国が同問題で日本と共にアメリカを名指しで非難していることをまさか忘れているわけではないだろう。9月26日『人民網』は日中英の三か国語で、「釣魚島は中国固有の領土」と題する白書をネットに掲載した。そこには前段で領有権問題について日本を非難するとともに、後段で日本に施政権を返還したアメリカを名指しで非難しているのだ。 領土問題は、土地の所有者は誰かという問題(領有権)よりも利用者は誰かという問題(施政権)の方がより本質的である。竹島、北方四島をみれば一目瞭然である。だからアメリカが尖閣諸島問題でわざわざ施政権と領有権を分離して議論すること自体奇妙だ。まさか「領土紛争には介入しない」という歴代政権の不介入中立原則を尖閣問題に適用するための布石ではないとは思うが。フォークランド紛争のときサッチャー首相がレーガン大統領に支援を要請したところ、不介入中立原則を盾にイギリスは積極的な支援を受けることができなかったという。  しかし、尖閣問題でアメリカは不介入中立などあり得ない。理由は二つ。第一に領土紛争は本質的に施政権の問題であり、尖閣諸島の施政権問題について言えば、中国がアメリカを非難しているように、米中間の問題だからである。第二に尖閣問題は、中国の三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)のうちの法律戦(中国に都合の良いように国際法を変える)の一環であり、1990年8月のイラクのクエート侵略と同じ、「法による支配」に基づく国際秩序への挑戦だからである。単なるイラクとクエートの間の領土紛争でしかなかったにもかかわらずアメリカは、「法による支配」、「新世界秩序」(1991年ブッシュ大統領一般教書演説)を掲げて大軍を送って介入した。不介入中立原則は「法による支配」という大義の前にすでに破られている。尖閣問題はイラクによるクエート侵略とその本質は全く変わらない。 まさかの時は、アメリカは日本の領土を防衛するのではなく「法による支配」という国際政治の原則を守るために、そして自由と民主主義を守るために、湾岸戦争当時の決意を以て中国と戦う覚悟があることを期待する。もちろん、わが自衛隊もともに戦う覚悟であることを確信している。尖閣諸島問題は日中間の問題というよりもむしろ米中の問題であり、とりわけ国際社会全体の問題である。

2012年11月13日火曜日

いよいよ日中武力衝突か

いよいよ中国は日本との武力衝突の覚悟を固めたようだ。楊潔チ外相が10日に不気味なコメントを出した。 「中国共産党第18回全国代表大会の代表である楊潔チ外相は、9日、北京で「中米関係では、ゼロサムの概念、冷戦思想を捨てるべきだ」と述べました。  これは、9日に行われた中央国家機関代表団のオープンハウスで、楊外相が記者の質問に答えたものです。楊外相は、また「中米には重要な共同利益もあれば、原則的な意見の食い違いと矛盾もある。新しい時代に、両国国民の根本的な利益と世界の人々の共同利益に着目し、両国関係の発展を絶えず推 進していくべきだ」と語りました。  楊外相は、また「双方は、中米の三つの共同コミュニケ、中米両国首脳の共同声明の精神と原則を守れば、両国関係は更に発展していくだろう」と指摘しました。  海洋問題について記者に答えた楊外相は、一部の島嶼の領有権、一部の海域の区分について、一部の国との間に意見の食い違いがあると述べた 後、「私がさきほど言ったのは、南海の南沙諸島の一部の島嶼と海域の区分の問題だ。交渉と話し合いを通して、このような問題を適切に解決すべきだと思う。 問題解決の前では、争いを棚上げにし、共同開発を行う。これは中国の一貫した主張である」と強調しました。  楊外相は、更に「中国が国家領土主権を守る決心は固い。争いのある問題で、双方は接触を維持すべきだ。関係国が中国と同じように誠意を持ってほしい」と述べました。 (CRI:China Radio International Online,2012,11,10日本語版) この翻訳が正しいとすれば、外相は米中が小異(原則的な意見の食い違いと矛盾)を捨てて大同(両国国民の根本的な利益と世界の人々の共同利益)につくべきと、米国をけん制している。原則的な意見の食い違いと矛盾とは、日本との関連でいえば日米安保や尖閣をめぐる米国の対応であろう。つまり、深読みすれば、尖閣で武力衝突が起きても米軍は介入するなということであろう。 より重大な発言は、後段である。「南海の南沙諸島の一部の島嶼と海域の区分の問題については、交渉と話し合いを通して、適切に解決すべきだと思う」と述べ、明らかに意図的に尖閣問題を交渉や話し合いの対象から除外している。 日本人の多くが誤解しているが、中国にとって尖閣問題は資源問題などではない。台湾の領有問題に絡んで戦後の国際秩序に関わる問題であり、同時に第一列島線以西を中国の影響下に置くための極めて重要な安全保障上の問題である。さらに中国人のこれまでの日本に対する恨みを晴らす絶好の機会でもある。何しろ中国は日本との戦いで元、清、日中戦争(共産党軍、国民党軍ともに)で日本に一度も勝利したことはない。さんざん戦争をしたうえで勝率がほぼ互角になったから独仏は和解できた。中国(特に共産党)が日本に一矢報いないうちは、すんなりと日中友好とはいかないだろう。 これまでも中国は国境紛争や領土問題で平和的に解決した例はない。中印、中ソ、中越、また小規模ながらフィリピンとも小競り合いを起こしている。さらに言えば尖閣問題はもはや単なるに日中間の領土問題ではない。米中間のアジア・太平洋をめぐる覇権闘争の発火点になっている。 尖閣諸島を占領すれば、台湾を含め第一列島線以西に米軍が展開するのは今以上に困難になる。問題は、尖閣問題で日米安保が発動されるかどうかである。米中の関係者の発言を聞くと、仮に発動されたとしても、一般に想像されているのとは異なり、米軍が直接戦闘に加わるのではなく、あくまでも情報の提供や後方支援に限られるだろう。アーミテージやグリーンら知日派は安全保障に対するもっと積極的な役割を日本に期待している。日本が積極的に取り組まない限り、米国が日本に代わって日本の安全を保障するなどということはない。尖閣諸島で武力紛争が起こっても、米国民は米軍が日本に代わって中国と戦うことなど決して容認しないだろう。日中間で限定的な武力紛争が起きれば中国は日本をファシスト、軍国主義と米国での宣伝戦を繰り広げるだろう。 中国は尖閣問題で米国に中国をとるか日本をとるか踏み絵を迫っている。それが外相の真意であろう。中国の侵略があるとすれば、米国大統領就任前で、その前にあると思われる衆議院選挙の時期である。これが大ぼらとなることを祈る。

2012年11月8日木曜日

オバマ再選、太平洋の波高し

 大統領選挙が終わった。もう少し接戦になるかと思ったら、選挙人の獲得数ではオバマの圧勝だった。ただし、投票総数では大差がついたわけではない。クリティカル・ステートと呼ばれるオハイオ、ニューハンプシャー、アイオワ等では、オバマは僅差の勝利だった。投票結果以上に国論の分裂は深刻だ。それを懸念してか、オバマもロムニーも開票後の演説で、国民の団結を呼び掛けていた。選挙戦を見ていると、本当にこれからアメリカは党派を超えて団結できるのだろうかと思うほど亀裂は大きいようだ。実際のところ、今回の選挙戦で、富裕層と貧困層、若者と年寄り、白人と非白人、保守とリベラル等、米国内に走る断層がさらに深まったのではないか。  選挙が近づくにつれABC,NBC,CBS,FOXのいずれのテレビ局でも通常のコマーシャルは日を追って少なくなり、ここ1週間は両陣営の選挙広告で埋め尽くされた。しかも日に日に、相手を中傷する内容の選挙広告が増え、ほぼ悪口罵詈雑言である。候補者本人の選挙本部が作成した選挙広告だけでなく、支持団体が作成した応援広告まである。最後に候補者本人が、たとえばI am Barak Obama. I approved this message. と言って、選挙広告を認めるのである。ここまで相手を非難すれば、選挙が終わってすぐに握手をしましょうというわけにはいかないだろう。クリント・イーストウッドも登場して、オバマを非難していたのが印象的だった。 投票当日の午後にもまだ選挙広告が流れていた。投票に影響を与えてはいけないのではないかと思うのは日本人の感覚か。何しろメディアが、どちらを応援するかを明確にした上で報道する国である。日本で考える不偏不党は通用しない。開票も、西部やハワイではまだ投票中なのに東部時間の7時から始まり、全米で投票が終わる前の11時過ぎにはFOXテレビがオバマ再選を報道していた。報道で投票行動が左右されるということはないということなのだろう。  オバマ再選で日本への影響はどうなるのだろうか、とNHKが早速選挙結果分析をしていた。画面にマイケル・グリーンの懐かしい顔が出てきたが、彼の言わんとすることを一言でいえば、日本が存在感をアピールしなければJapan is nothing.ということだ。現実主義を本当に理解していればわかるが、国家間に友情はない。金であれ軍事力であれ力の切れ目が縁の切れ目である。アメリカにとって日本に利用価値があれば「トモダチ」でいられるが、なくなれば弊履破帽のごとく打ち捨てられるだけだ。 ワシントンの知日派も大変だ。日本の影響力の低下は彼らの影響力の低下を招き、将来の仕事にも差しさわりが出てくる。八月に出されたアーミテージ・レポートは日本への忠告だけではなく、彼ら知日派自身の焦燥感の現れでもある。 実際、選挙戦で中国が討論の遡上に上がったことはあったが、日本については、管見の限り全くなかった。2014年にアフガニスタンから米軍を完全撤退した後オバマはアジア・太平洋重視政策をとると予想されている。勘違いをしてはいけないが、アジア・太平洋重視は中国重視であって、日本重視ではない。だからイアン・ブレマーがNHKのインタビューに答えて、日本は中国のナショナリズムを刺激しないように靖国参拝はやめたほうがよい、さもなければグルジアがロシアを挑発して軍事衝突になった南オセチア紛争のようになると警告したのだ。 彼をもってアメリカの学界を代表することにはならないが、わずかでも日本のことを知る学者も中国主体の発想になっている証にはなるだろう。要するに尖閣をめぐって日中軍事衝突になっても、米軍が南オセチア紛争に介入しなかったように領土紛争(領有権争い)には中立の原則を堅持して、介入しないだろうということだ。NATO加盟も認められ、グルジアは米軍の抑止力が効くと思ってロシアに強く出たのだが、当てが外れた。日本もグルジアの二の舞になるな、ということだ。 オバマ政権は今後10年間で大幅な軍事費削減を計画している。オバマ当選で軍事費の削減は避けられない。いずれ、ニクソン・ドクトリンに匹敵するようなオバマ・ドクトリンが発表され、軍事費の重圧に耐えかねて米国は関与政策ではなくオフ・ショアー・バランシングあるいはキッシンジャーの提案する太平洋共同体構想に基づいてグアム以東に撤退するだろう。何しろゲイツ元国防長官も今後米国がとるべき戦略としてオフ・ショアー・バランシングをあげている。またパネッタ国防長官は9月の訪中の際には、中国海軍を2014年のリムパックにも招待したと言われている。 1921年に日本は4か国条約を締結し、日英同盟を廃棄した。将来4か国ではなく米中二か国が太平洋の覇権を分有する太平洋共同体が創設され、日米同盟は日英同盟のように形骸化しやがて破棄されるだろう。その時日本は独立自存で孤高の道を歩むか、米中のバランサーとなるか、孫崎享氏が薦めるように寄らば大樹の陰のバンドワゴン戦略で中国の影響下に入るか。歴史は米中が結託するとき、日本と両国との対立、戦争が生じていることを我々に教えている。オバマ政権の誕生は日本にとって決して吉兆ではない。太平洋の波高し。

2012年10月24日水曜日

対中戦略の柱は日露平和条約の締結

日本の対中戦略の柱は、和平演変と日露平和条約の締結にある。中国国内の反日感情を利用して民主化運動を扇動する一方、日露平和条約の締結で米中国交回復以前のように、中国を再び北方の「クマ」の脅威に曝し、中国による我が国南方に対する脅威を分散するのである。 中国が現在大国として台頭してきたきっかけは1972年のニクソン大統領訪中による米中国交正常化にある。毛沢東とキッシンジャーがイデオロギーを抜きにして、国益に基づく古典的な権力外交を展開した結果、中国は最大の脅威であったソ連を米国によって抑止することができた。米国も同様に、中国を味方にすることで、ソ連を封じ込めることに成功した。両国とも、敵の敵は味方という、三国志やマキャベリの教えに従って世界を変えたのである。結果、中国は鄧小平により改革開放政策とることができ、現在の経済的発展の礎を築くことができた。他方、アメリカはベトナムから撤退し、やがてソ連を崩壊に導くことで冷戦に勝利した。 日本もキッシンジャー外交を習って、敵の敵は味方という論理から、ロシアと平和条約を締結し、中国をロシアと対峙させるのである。領土問題が解決しない限り、日露平和条約はあり得ないという硬直した外交姿勢でいる限り、かつて華夷秩序下にあった朝鮮半島や台湾のように、いずれ日本も中国の覇権体制下に置かれるだろう。 日本は対中戦略の一貫として日露平和条約を望んだとしても、一方のロシアには締結の意欲があるだろうか。2000年台に鈴木宗雄事件まで平和条約締結の機運が日露両国で高まっていた。今もロシアに領土交渉に臨む動機があるだろうか。その可能性を示唆する論説を24日の『産経新聞』「正論」に木村汎北海道大学名誉教授が書いている。要するに表向き対等な関係に見えるが、中国が台頭する現状ではロシアは中国の弟分に成り下がり、極東地域は「中国の事実上の植民地になりかねない」。この屈辱的状況を避けるには、日本の協力で極東を開発することが必要になる、ということである。日本にも極東のエネルギー開発で大きな利益がある。平和条約の締結は両国ともに国益に合致する。 そこで何よりも領土問題の解決が必要になる。木村名誉教授は、四島返還を条件にシベリア開発に協力するという構想のようだが、本音のところでは、落としどころを二島返還にあるとみているのではないか。仮にそうだとしても、中国の華夷秩序に組み入れられよりも、二島を代価として独立を維持する方がはるかにましである。ここでは詳細には触れないが、四島返還論には法的問題を指摘する向きもある。 親米派からは日米安保の強化により中国をけん制せよという声が聞こえてきそうである。しかし、日露平和条約の締結は元来日米安保には矛盾しない。それよりも日米安保による対中抑止戦略がそもそも幻想でしかない。日米両国にとって中国は、平和条約を締結した友好国ではないにせよ冷戦時代の日米安保が想定していたような敵国ではない。それどころか日本の経済界もそうだが、討論会でオバマ、ロムニーもChina can be a partnerと言ったように経済面では潜在的友好国である。キッシンジャーに至っては、経済どころか政治的にも軍事的にも友好関係にあるとみなしているようだ。現状では米国は、中国が米国の経済的利益を害さない限り、日本の国益など考慮せず、中国の地域覇権を容認するだろう。だからこそ、日本は日本の国益に沿った日露平和条約の締結という独自の対中戦略が求められるのである。

2012年10月13日土曜日

 今こそ和平演変戦略で中国の民主化を

 日本政府は尖閣問題に対する対中戦略を間違ってはいけない。軍事力で対抗するよりよりも、今こそ中国の民主化を支援し和平演変により第二の天安門事件を起こし、中国共産党独裁政権を内部から打倒することが何よりも有効な対中戦略である。 尖閣諸島の領海警備の強化は当然としても、それ以上に防衛費を倍増し南西諸島防衛を強化するなどの防衛力増強による対中戦略は必ずしも上策ではない。こうしたハード・パワーによる対中戦略をとれば日本は中国との際限のない軍拡競争の泥沼に陥りかねない。他方、和平演変戦略を日本がとっても、中国は対抗のしようがない。和平演変戦略とはソフト・パワーによる中国民主化戦略である。かつて吉田茂は経済協力を通じた中国の民主化を夢見たが、経済ではなく文化を通じた中国民主化戦略である。具体的には、自由と民主主義の素晴らしさを中国人民とりわけ反日教育を受けた若い世代に伝えることである。それは流行の服や化粧、ブランド品、漫画、小説、アニメ、映画など民主主義社会が生み出したありとありあらゆる文化を通じて根気よく粘り強く中国の人々に自由の素晴らしさ、民主主義社会の精神的豊かさを伝え、共産党独裁体制が自由や人権を抑圧する体制であることを彼らに知ってもらうのである。仮に、その文化が必ずしも日本のものでなくてもかまわない。自由と民主主義を重んじる国ならアメリカでもヨーロッパでも構わない。 幸いなことに、反日政策で日本への訪問者が減ったとしても、中国は留学生や観光客を欧米など世界中に送り出している。海外で自由の素晴らしさを体得した中国人が増えれば増えるほど、思想言論行動の自由を弾圧し、独裁体制につきものの官僚の腐敗にまみれた中国共産党に対する反発が強まるであろう。また国内でいくら言論を統制しようとしても、完璧に統制することはできない。中国はかつてのソ連ほどには情報統制をしていないが、ソ連のグラスノスチが最終的にはソ連崩壊をもたらしたように、ネットの発達した現在では、スマートフォンの普及で一気に情報統制が損なわれるだろう。 現在の中国の最大の弱点は、国家のアイデンティティが失われたことである。だからこそ文化を通じた和平演変戦略が有効なのだ。毛沢東時代には、その評価はさておき、明確なナショナル・アイデンティティとしての共産主義、正確には毛沢東主義があった。毛沢東主義も共産主義も弊履のごとくかなぐり捨てた今の中国に一体何が残ったのだろう。欲望にまみれた拝金主義と官庁腐敗の蔓延する単なる独裁体制だけが残ったのではないか。国連での「盗み取った」発言、IMF 総会への欠席など、経済力と軍事力さえあれば世界は自分たちの思うとおりになるとの現政権の振る舞いは、中国の長い歴史や伝統、文化を損ない、経済力と軍事力以外に国家のアイデンティティを見いだせない現政権の弱点を露呈させてしまった。 眠れる獅子、死せる鯨と呼ばれた中国は、かつてイギリスがそう呼ばれたように、今や「世界の工場」と言われるまでになった、労働者の低賃金と消費市場の巨大さを狙って世界中の工場、会社が進出している。それは、考えてみれば、中国人労働者が低賃金で働かされ、中国の赤い資本家も含めて世界中の資本家から搾取されているのに等しい。百円ショップやユニクロに行ってメード・イン・チャイナの製品を見ると、いったいいくらの労賃が払われたのだろうと思い胸が痛む。見方によっては今の中国は、約100年前に日本も含め欧米列強の食い物になった清朝末期の「死せる鯨」の時代のようだ。当時、国民の貧富の格差は開くばかりか絶対的貧困に多くの農民はあえいでいた。官僚は腐敗し、労働者は買弁資本家や外国資本には搾取される。そして三一運動や五四運動のような反日民族運動が激化し日貨排斥運動が起きたことまで現在の反日暴動とそっくりである。 ならば徹底的に中国政府の反日政策を利用してはどうか。中国民衆の反日運動は、過去そうであったように体制転覆の引き金となる。かつては五四運動を契機に中国国民党や中国共産党が基盤を固め、軍閥を打倒していった。中国共産党は誕生まもない頃の反日ナショナリズムの手法を持ち出して権力を固めようとしている。しかし現代の中国共産党は毛沢東主義も共産主義もかなぐり捨て、金と力だけを武器に民衆を支配しようとした昔の軍閥と変わらない。現代の反日暴動の矛先は必ずや現代の軍閥、中国共産党に向けられるだろう。そして100年前の中国国民が夢見た自由と民主主義の国家が誕生するだろう。中国国民を解放するためにも、日本の対中戦略は文化を通じて中国の民主化を支援する和平演変戦略をとるべきなのである。

2012年10月9日火曜日

尖閣問題はキッシンジャー外交の負の遺産

 尖閣問題を考えるとき、大きく分けて二つの視点がある。第一は歴史、第二は政治である。前者の視点に立てば、尖閣問題は日中の二か国の問題となる。他方、後者の視点に立てば、尖閣問題は日中の問題ではなく、米中の問題となる。我々日本人は前者の視点にばかり目を奪われがちだが、より重要なのは、後者の視点である。なぜなら前者の視点に立つ限り、中国には全く分がないからである。しかし、後者の視点に立てば、われわれに分がないのだ。  中国の主張は、要するに、尖閣は少なくとも明の時代から中国のものであり、1895年の日本の尖閣領有宣言は日清戦争の混乱に乗じて日本が中国から「盗み取った」との主張である。中国の主張の問題点は、国境概念のない明時代の『使琉球録』を根拠にしていることだ。封建帝国の時代の国と国との境界は、線で境界を引くのではなく、面で境界がおかれたのである。琉球が日本と明との両属体制下に置かれていたのは、琉球が幕府や明にとっても辺境の地だったからである。ましてや尖閣は中国の冊封体制下では、皇帝の徳の及ばない化外の地であり、現代の国際法で定められるような領土などではなかった。 国境で囲まれた領土の概念が誕生したのは、主権概念が明確化された近代主権国家になってからである。明治維新によってアジアで初の主権国家として誕生した日本は、主権の確立を図るために、千島、樺太、小笠原諸島、竹島そして尖閣列島と日本の主権の及ぶ範囲を確定したのである。尖閣列島領有を宣言したとき中国は清帝国時代であり、華夷秩序の化外の地であった尖閣を主権の及ぶ領土と主張する近代国家にさえなっていない。中国は、意図せずにかあるいは意図的にか、主権国家の国境概念と封建帝国の辺境概念を混同させている。 意図せずにであれば、中国はいまだに近代主権国家概念の根付かない封建帝国の世界観を抱いていることになる。封建帝国の辺境は国力次第で伸びたり縮んだりする。だから封建帝国の世界観に立てば、国力が増大しつつある中国が尖閣さらには琉球までをも「回収」しようとするのは当然のことなのだろう。もし、中国が前近代的な帝国的世界観に立った外交を仕掛けているのであれば、日本の戦略はまさに国際法に則って中国と堂々と対応し、他方近代主権国家である米国やインド、オーストラリアと協力して中国に近代主権国家のルールを順守させ、さらに日本と同様に中国と領有権問題争っているフィリピン、ベトナムなどと共闘して中国を封じ込めればよい。 他方、政治的視点に立つとき、尖閣問題は日中間の領土紛争ではなく、米中間の覇権闘争の一コマでしかない。というのも尖閣問題はアメリカにとって対中外交の一環でしかないからである。尖閣問題に対する米国の態度は、われわれにはあいまいどころか奇異に映る。なぜなら施政権と領有権を分離しているからである。尖閣に対する施政権は日本にあり、施政権を中国が侵犯する場合には日米安全保障条約が発動されるが、領有権については中立との立場をとっている。このことは、領有権の奪還を目的に掲げて中国が尖閣を武力攻撃した場合には日米安保は発動されないと言っているようなものだ。領海警備はともかく現在日本政府が具体的に尖閣諸島に施政権を行使していない状況では、尖閣問題は領有権問題でしかないと米国は強弁し、日米安保を発動せずにおくことは可能だ。 そもそも施政権と領有権を切り離した背景には、1972年の沖縄返還当時の米中ソの権力闘争があった。当時大統領補佐官であったキッシンジャーは米中国交回復によってソ連を封じ込めようとした。そのため尖閣問題で中国の不興を買わないように領有権問題を棚上げしたのだ。尖閣問題は、その意味で、キッシンジャー外交の負の遺産である。 キッシンジャーは国益を第一にイデオロギーを排して、敵の敵は味方という、権力政治を展開した。中国も、三国志の昔から、権謀術数の国である。ともに権力政治を信奉する毛沢東とキッシンジャーは互いにイデオロギーを超えて肝胆相照らす仲となったことだろう。キッシンジャーの思惑通り、ソ連は封じ込められ崩壊した。一方中国はキッシンジャーが懸念していた国際秩序破壊の革命国家ではなく、共産主義のイデオロギーを捨て、国内外に対してむき出しの軍事力を誇示する共産党独裁国家となった。もし、米国が今もなおキッシンジャー流の勢力均衡概念に基づいて対中関係を考えているのなら、尖閣問題は対中戦略の問題でしかない。 キッシンジャー外交はソ連という米国にとって敵を倒すために中国という本来は共産主義国家で独裁体制である敵と一時的に手を組んだだけのはずだ。ソ連を倒した後、次は中国の共産主義体制を倒し民主化するのが米国の大義ではなかったのか。だとすれば民主主義国家の日本と手を組んで中国の独裁体制打倒は当然であろう。人権を抑圧する中国政府の民主化こそ世界の平和と安定に不可欠であろう。尖閣問題であれ何であれ対中国に対しては日本との同盟を強固にするのが当然である。今こそ米国はキッシンジャー外交の負の遺産を捨て、中国の民主化を進める外交をとるべきだ。日本は米国とともに中国の民主化を進めるべきである。そして領土問題は、中国共産党ではなく中国民主政府との交渉にゆだねるべきである。

2012年10月3日水曜日

新しいメディアとシリア危機

今日(10月2日)ワシントンのアメリカ平和研究所(United States Institute Of Peace)で開かれた”Groundtruth:New Media, Technology and the Syria Crisis”を傍聴した。午前9時半から1時過ぎまで、三つのパネルが開かれた。要するにブログ、フェイスブックやユーチュブなど新しい情報伝達手段や精密な衛星画像などの技術がシリア危機でどのような役割を果たしタカ、その功罪議論する内容だった。結論は、役に立つが、部分的に拡大してとりあげられ、あるいは内容の真偽の確認が取れないといった問題があるとの穏当な結論であった。  議論の中で、今年8月にシリアで行方不明なったアメリカ人ジャーナリストAustine Tice の名前が出てきた。彼は、私が拘束されてしばらくたった13日ころに行方不明になっている。正式なビザを取らずにトルコ国境から越境して、ダマスカス郊外を取材してレバノンに脱出する予定だった。米国務省はタイスがシリア政府の拘束下にあるとの声明を行方不明直後から発表している。私と同様に秘密警察に拘束されていると思われる。彼が、その御どうしているのか、何の報道もなかったので気になってネットを調べると、まさにこれから処刑されるかのような彼らしき人物のビデオが見つかった。6日前にyuotubeに投稿されたらしく、昨日になってアメリカのメディアが取り上げ始めた。  しかし、これは一目見て偽物、作り物であることがわかる。アメリカでもほとんどの人が信じていない。米国務省は、タイスがシリア政府の拘束下にあることを発表している。 何がおかしいかと言えば、タイスを引き連れている集団がアフガニスタンやイラクで見かけるようなイスラム原理主義の服装だからである。仮に、イスラム原理集団だとすれば、反アサドのはずだからタイスは味方のはずである。それがなぜ彼を処刑しなければならないのか理解できない。そもそも近代化の進んだシリアに政府、反政府を問わず原理主義者グループはいない。おそらくはよく似た人物を使って作られたプロパガンダのビデオだろう。しかし、いったい誰がこんな手の込んだビデオを作ったのか。政府がタイスの誘拐を反政府勢力の仕業と見せかけるために作ったのか。仮に政府が作ったとするなら、全くお粗末極まりない。図らずも、今日のシンポで話題になった新しいメディアの信頼性の問題が問われる。  ところで今日のシンポのパネリストにアメリカに逃れてきた三人のシリア人が参加していた。その中の一人にまるでモデルのような若い女性がいた。おしゃれのセンスもよく、こんな美人がアメリカ人にもいるのだとおもっていたら、3か月前にアメリカに来たシリア人の元アレッポ大学の学生だった。シリアで反体制運動をして、何度か投獄されたためにトルコへ密出国したとのことである。いったい誰が彼女を支援しているのか、背後の事情は不明だ。残り二人はおそらく30代の男性で、一人はシリア軍の元将校とのことである。    さて彼らに共通していることがある。それは英語に堪能だということである。女性はまだ米国に暮らして3か月しかたっていなので英語がうまくないと言っていたが、流暢に堂々と英語で応答していた。男性二人は、全く問題なく英語を操っていた。ブログ、フェイスブックやユーチュブなど新しいメディアについて3時間以上にわたって議論していたが、それ以前に英語を使いこなすことのほうが先決、重要だというのが私の結論だ。国際世論―それは事実上アメリカの世論だが―を動かすには、新しいメディアであれ、旧いメディアであれ、いかに英語で発信するかである。アサド政権が苦境に陥るのは理解できる。