2010年2月24日水曜日

アフガニスタン カブールの山のスラム







 本日(2010年2月24日)午前、以前から気にかかっていた場所を訪れた。それは山の家だ。カブール市内には二つの小高い岩山がある。急坂が頂上まで続いている。高さは100メートルは優に超えていると思う。その岩肌の山腹にへばりつくように、土で造られた家が山頂まで続く。遠くからみるとそれは美しい景観を見せている。それにしても人々はどのようにして暮らしているのだろうか。それが三年前に来たときからの疑問だった。それが今日氷解した。遠目から見た光景とは全く裏腹に、誠に厳しい生活を人々は強いられているのだ。 何よりも水だ。水は山頂にタンクが設置されており、そこから水道管を使って水が供給されている。といっても各家に配水されているわけではない。何箇所かに共同の水道施設があり、人々はそこでバケツに水を汲んで自宅まで運ぶのだ。こう書くと簡単そうだが、急坂でしかも道があるわけではない。岩だらけの坂を登って行くのだ。私はときどき手をつかないと登れなかった。それほど急で岩だらけの道を水の入った重いバケツを持って上がるのは本当に重労働だ。 一方、下水は垂れ流しだ。中腹から幅50センチほどのU字溝を利用した下水道はあったが、それは上から流れてくる下水をまとめて排水するためだ。しかし、その下水道は麓ではとぎれて、下水はまた垂れ流しだ。生活ゴミはそこいらじゅうに捨ててある。至るところにゴミの山があり、異臭を放っている。足元はゴミと人糞が散乱している。下水と混じり合っているために、ゴミに何度も足を取られそうになった。まさにスラム街だ。同じ光景を20年近く前にパキスタン、ペシャワルのアフガン難民キャンプで見たことがある。 物資の運搬はもっぱらロバに頼っているという。さもなくば人力だ。頂上までの家に行くには三十分はかかるだろう。老人や足の悪い人はとても暮らせない子供たちは坂をものともせずに遊びまわっている。大きな犬が泥の家の屋根で寝そべっていた。ちょっと油断すれば転落しそうな急峻な岩山に、それでもへばりついて暮らす人々のたくましさ,生への執着に、ある種の感動を覚える。 頂上からカブール市内を一望できる。誠に平和な光景だ。しかし、こんな山の上でもかつて戦闘があったという。そして今でも山上でも下界でも軍の監視は厳しく、緊張に包まれている。戦争と平和の境界はどこにあるのだろう。

2010年2月23日火曜日

アフガン貢献とは


 アフガニスタンに対して日本はどのような貢献が可能か。
 間違いなく、自衛隊は送るべきではない。アフガンの現状に精通している人ほど自衛隊の派遣には反対している。それは、伊勢崎賢治氏も主張していたように、日本が軍隊を派遣していないからだ。それが、アフガンの人々が日本に大変な親近感を抱いている最大の理由といってもよい。
 逆に、派兵している国に対しては嫌悪感を懐いている。特に米軍に対する感情は憎悪といってもよい。ソ連軍もひどかったが、女、子供は殺さなかった。しかし、米軍やISAFは女、子供も殺す。だから、米軍や英軍は最悪で大嫌いだ。36歳の政府で治安関係の仕事に就いている男性の感想だ。彼から話を聞いた日に、南部の戦闘で米軍の誤爆のために民間人に犠牲が出た。テレビでは米軍の司令官が謝罪し、アフガン政府の高官が米軍に対する非難の声明を出していた。おそらく、これまで米軍やISAFが攻撃をするたびに、同じ光景が繰り返されてきたのだろう。アフガンの人々に反米感情が募るのもやむをえない。
 アフガンには中国人も韓国人も多数いる。世界中どこにでもある中華料理店はカブールではあまり見かけない。つぶれた店を一軒見た。聞くところによると、かつて、といっても、2-3年前だが、中華料理店で女性を斡旋する店があったらしく、市民の不興を買ったことが原因で中華料理店があまりないのだという。真偽のほどは定かではない。だからというわけではないが、中国人もあまり歓迎されているわけではないようだ。また韓国人も日本人ほどには歓迎されていない印象だ。派兵していることが影響しているのかもしれない。
 いずれにせよ、日本に対する親近感は絶大だ。自衛隊を送っていないことに加えて、トヨタのカローラの影響かもしれない。カローラを持つことが一種のステータスのようになっている。この日本への親近感をソフトパワーとして利用しない手はない。
 それを考えると、インド洋での給油支援を打ちきったのは失策だったかもしれない。私はアフガン特措法に基づく給油支援は憲法に違反すると考えている。ただし、憲法問題と外交政策とを切り分けて考えれば、給油支援は良い外交政策であった。というのも給油支援はアフガン国民にまったく知られない対米外交であったからである。給油支援というアフガンから遠く離れた洋上での対米支援を打ち切ったために、アフガン本土での対米支援そしてアフガン国民への支援という両立が極めて困難な外交政策を鳩山政権はとらなければならなくなってしまった。
 対米支援のためには自衛隊の派遣が求められる。一方でアフガン支援のためには自衛隊によらない支援が求められる。自衛隊によらない支援とは何か。金だけ出せばよいのか。それとも危険を覚悟で何らかの人的貢献をするのか。
 私の結論は一つ。危険を覚悟で人的貢献を果たすのだ。そのために鳩山政権は友愛部隊、憲法9条部隊を早急に編成してアフガンに送り込むべきだ。対米支援はアフガンではなく他の地域や他の政策で代替すればよい。
アフガンへの支援は直接アフガンで行うしかない。
 護憲派諸君!アフガンにいざ来たれ。憲法9条を輸出する最適の国だ。
(写真)カブール大学にて

アフガニスタン カブールの現況2010年2月)




 アフガニスタンのカブールに来て4日目だ。外務省が強く退避勧告を出しているが、体感治安はスリランカやイスラエル、ミンダナオとさほど変わらない。むしろケニアのナイロビがもっとも危険だったような気がする。もっとも今度はガイド兼運転手兼ボディーガードを雇っているからかもしれない。 さてカブールの町の様相は、三年前に比べると、いくつかの点で違いが見られる。 第一は、車の、台数が増えたこと。渋滞がますます激しくなった。理由の一つは、援助インフレがおきて、それなりに経済が活況を呈していること。そのために物流が盛んになり交通量が増えた。物価は発展途上の紛争国相であることを考えると、結構高い。貧富の格差がだんだん大きくなっているようだ。子供や婦人たちの物乞いが結構多い。しかし、フィリピンのミンダナオのような悲惨さは感じない。援助インフレはパレスチナ西岸でも見られた。バブルのような活況と貧困の同居である。 第二の理由は、政府中枢や大使館街に通ずる道路が至るところで封鎖されているために、交通渋滞を招いている。特に米国大使館や英国大使館などがある地域はバグダッドのように地域一帯が封鎖されている。自爆テロやロケット弾攻撃を防ぐためだ。私のいる地区も道路封鎖はしていないものの、辻、辻に武装した警備員が立ってにらみをきかせている。 カブールでも相も変わらず日本の中古車が幅をきかせている。車体に日本語が書かれたままの車が数多く走っている。アフリカでもスリランカでもフィリピンでも見られた現象だ。日本語が車体に描いてあると高く売れるのだろうか、中には日本語ににせた文字が描かれた車を見かけた。ちなみに圧倒的な人気車はカローラだ。日本の大衆車がここでは人々のあこがれの的だ。 またカブールでもUNの車は新車ばかりのような印象で、しかもトヨタのランドクルザーがほとんどだ。世界中の紛争地でUNが使用する車はトヨタのランクルのような印象を受ける。さまざまな利権が絡んでいるとのうわさも聞く。トヨタが米国で狙い撃ちにされている一つの理由は、トヨタのランクル利権も絡んでいるのではないかと邪推したくなる。   第二の違いは、政府の統治がそれなりに進んだような印象だ。政府の規制が厳しく酒が手に入らない。一昨日、昨日とビールを探し回った。結局、ノンアルコール・ビールはあったが、普通のビールはなかった。三年前はこうではなかった。決して堂々と店先においてあったわけではないが、ビールあります、といわんばかりに店先の隅っこにはビールのカートンが置いてあった。しかし、今はまるで麻薬の取引のようなありさまだ。こっそりと店員に話を持ちかけると、おもむろに1カートン6000円近い値段を吹っかけてくる。税金を考えると、大変な値段だ。その上、秘密でもビールや酒を扱っている店は少ない。 また規制の強化とは裏腹に、テレビは自由化が進んだようだ。タリバン時代はテレビは許されなかったが、今は22チャンネルもあるという。ネットも中国のように検閲はないようだ。政府の管理の下で、報道の自由は進んでいるようだ。 当地に長く暮らしている日本人に聞くと、昨年末以来、明らかに治安が悪くなっているという。確かに宿も2重の鉄扉で、小窓から中の警備員に扉を開けてくれるよう頼んではじめて、電動ロックを解錠してくれる。扉の外には自動小銃を構えた警備員が24時間常駐している。イスラエルやフィリピンのサンボアンガのホテルと同じだ。ただし、鉄扉はカブールが初めてだ。 カブールは紛争の中の平和という状況だ。 

2010年2月9日火曜日

「闘え!護憲派」-「憲法9条部隊」の創設を-

 最初に述べておく。私はいわゆる護憲派ではない。地域紛争や「新しい戦争」など冷戦後の安全保障環境には必ずしもそぐわない憲法9条を改正し、自衛隊を軍隊と認め集団的自衛権の政府解釈も変更し、自衛隊を国連PKOや国際警察活動や国際治安維持活動に積極的に参加させるべきだと考える改憲派である。
 にもかかわらず、現時点では改憲ではなく、次善の策として護憲による国際協力を主張せざるを得ない。後に詳述するが、その理由は二つある。
 第1に、政権交代という国内政治情勢の変化、平和憲法に対する国内外の肯定的世論などを考慮すると、憲法9条改正はもちろん集団的自衛権に関する政府解釈の変更もここ当分難しいと考えられるからだ。
 これよりももっと重要な第2の理由がある。それは日本の平和憲法が日本にとって最も強力なソフトパワーの一つになったことである。自衛隊というハードパワーが国際社会で使えない以上、代わりのパワーを考えざるを得ない。これまでは軍事力に代えて経済力をハードパワーとして用いてきた。しかし、その経済力にも翳りが出てきた。そこで経済力の補完、代替として平和憲法がソフトパワーとして重要性が増してきたのである。
 しかし、平和憲法を軍事力や経済力のハードパワーを補うに足るソフトパワーとするには平和の実践が必要となる。それは護憲派がこれまで行ってきたよう憲法9条を護れと政府に向けて叫ぶことではない。『9条を輸出せよ』(吉岡達也、大月書店、2008年)と護憲派が主張するように世界に日本の平和憲法を輸出しなければならない。平和憲法の輸出とは単に憲法の前文や9条を世界に「布教」、「伝道」することではない。具体的には非暴力による、自衛隊に頼らない、軍事力に依拠しない国際協力の実践である。それが実現できてはじめて、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とある憲法前文の「名誉ある地位」を日本が占めることができる。
 では、非暴力による国際協力の実践とは具体的にどのようなことをいうのか。
 これまで日本の国際協力といえばほぼ資金協力、経済協力しかしてこなかった。湾岸戦争の時も、そしてアフガニスタンでの対テロ戦争でもしかりである。しかし、現在の日本の財政状況を考えると、資金提供による国際協力もいずれは困難となる。また資金協力だけでは、「小切手外交」と揶揄された湾岸戦争の例を引くまでもなく、「名誉ある地位」を確かなものにすることは難しい。本来ならば資金協力だけではなく、汗をかく人的協力が求められるはずだ。
 たしかに現在自衛隊やJICAそして一部のNGOが人的協力をしている。しかし、その人数や規模は他国に比べるべくもないほどに限定的である。憲法9条の制約から国際NGOよりも機能においても地域においても自衛隊の活動は限定的だ。またJICAは危険地域では他国の軍隊に防護してもらう、あるいは日本人職員の代わりに地元の人や外国人を雇うなど、外国人に武力で安全を確保してもらいながら活動しているだけだ。つまり自らは武力を行使せず、他人に間接的に武力を行使してもらって安全を確保しているということだ。日米同盟で米国に安全を保障してもらっている日本の国家のありようと同じだ。
 また日本政府の資金を受けているNGOは、外務省の指導で危険地域での活動を自粛させられている。加えて自ら危険に身を曝してまで紛争地域で支援活動に貢献しようという日本のNGOはほぼ皆無だ。ましてやスマコミで盛んに軍事支援よりも経済支援をと訴える「評論家」や「文化人」そしていわゆる「護憲派」の人々においておや、だ。かれらは自らに危険が降りかかることなど絶対にない日本国内で非武装、非暴力で民生支援、市民への援助をせよと言うばかりで、有言不実行、言行不一致、知行不一で、まさに巧言令色少なし仁である。
 北アイルランドのノーベル平和賞受賞者メイリード・マグワイア氏とは大違いだ。彼女は2009年6月にガザに支援物資を届けようとしてイスラエル軍に船ごと拘束された。彼女のように自ら平和を実践してこそ、憲法9条の輸出であろう。
 現状のままでは、他国が軍人や警察官あるいは文民に多数の犠牲を出しながらも平和構築活動を実施している一方、日本だけは人的犠牲を出すのが厭なために資金協力や他国に肩代わりさせているとの印象を国際社会に与えかねない。危険なことはあなた任せ、他人任せで、はたして日本は憲法前文の「名誉ある地位」を占めることができるのか。「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる」他国の人々同様に汗をかき、時には拘束され、また最悪の場合には血を流す覚悟がなければ、「名誉ある地位」を獲得できないのではないか。
 では、憲法9条を遵守し自衛隊に頼らない、しかも資金協力だけではない、そして日本が憲法前文の「名誉ある地位」を占めることができる平和貢献の方策はあるのか、というのが本書のテーマである。
 結論は、イエスである。それは憲法9条部隊あるいは鳩山首相にあやかって「友愛部隊」と呼んでも良いが、他国による護衛や武力による自衛などを一切しない非武装、非暴力の別組織の創設である。これは湾岸戦争時に構想された自衛隊を除外し民間人ボランティアからなる国連平和協力隊や自衛隊を改編したような官主導の別組織ではない。あくまでも護憲派民間ボランティア主導による別組織である。
 自衛隊による国際協力に限界がある以上、非暴力・非武装の憲法9条部隊による人的な平和貢献こそが、現行憲法を遵守すると同時に「名誉ある地位」を占める唯一の現実的方法と私は信じている。だからこそ憲法の平和主義すなわち非暴力・非武装を日頃から熱心に主張している「護憲派」の人々に非暴力による平和のための非武装、非暴力による平和への闘いを有言実行で挑んでもらいたい。
 非武装・非暴力による平和貢献という結論には、必ず反論が出てくる。非武装、非暴力でどうして危険地域で平和構築活動が実施できるのか、と。逆に、問いたい。身命を賭すことなく、どうして平和構築ができるのか、と。他国の兵士が身命を賭して「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと」平和構築の任務にあたっているのに日本人だけが安全地帯にいて金だけ出し他人任せにするだけで事足りるなどと世界に向かって広言できるのか。
 身命を賭して非武装、非暴力で平和のために活動している外国のボランティアや国際NGOの例は枚挙に暇がない。前述のメイリード・マグワイア氏をはじめ先人をたどればキング牧師やガンジーもいるではないか。また非暴力による紛争解決を模索する非暴力平和隊やキリスト教平和隊、メノナイト調停サービスなど、多くの非暴力国際NGOが現在世界中で活動を展開している。
 死にに行けといっているのではない。死をも厭わぬ覚悟をもって国際社会の平和に寄与すべきだと言っているのだ。平和には代償がつきものである。
 もう一度憲法を読み返してみよう。われわれは日本国憲法前文で次のように宣言している。
 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。
 憲法前文が述べるように日本国民は武力ではなく「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することで、「われらの安全と生存を保持しようと決意した」のである。
 現実には「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼」したからといって、必ずしも「われらの安全と生存を保持」できるとは限らない。時には必ずしも平和を愛さない諸国民に裏切られ身命を落とすこともあるだろう。しかし、平和を愛さない国民がいる、諸国民の公正と信義をいつも信頼できるわけではないからといって、武力や暴力で「われらの安全と生存を保持しよう」すれば、それは「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼」せず、諸国民を裏切る行為である。それは、憲法の平和主義、相互信頼の精神を根底から否定することになる。
 憲法前文が日本国民に求めているのは、相互信頼、利他主義であり時には自己犠牲の精神である。まさにボランティア(志願兵)の精神そのものである。この崇高なる平和主義のボランティア精神を世界に宣命、実践して初めて日本は国際社会において「名誉ある地位」を占めることができるのである。
 自らの犠牲をも省みないが故に憲法9条部隊(友愛部隊)の隊員は、自衛隊員が宣誓する宣誓書に倣って、国際社会の平和と繁栄を守る憲法9条部隊の「使命を自覚し、日本国憲法前文及び9条を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて世界市民の負託にこたえること」(下線部は自衛隊員の宣誓書をもとに改訂)を誓わなければならない。
 相互信頼、利他主義、自己犠牲の精神に依拠する憲法9条部隊(友愛部隊)にボランティア(志願兵)として志願する者など誰もいないだろう、という反論が聞こえてきそうだ。たしかに湾岸戦争の時には、当初自衛隊を除外した海部首相の国連平和協力隊構想には誰も賛同もしなかった。自ら進んで危険を引き受けようという市民など誰もいなかった。その後国連平和協力隊への自衛隊の参加が計画されたことで、なおさら一般国民や護憲派の反発を招き、結局構想倒れになった。
 しかし、現在、状況は全く異なる。阪神淡路大震災で日本人にも相互信頼、利他主義、自己犠牲のボランティアの精神は日本人に完全に根付いた。ボランティアには時には犠牲が伴うということを日本人はすでに知っている。1993年にはカンボジアの復興支援で選挙監視にあたっていた中田厚仁氏、2008年にはアフガニスタンで農業支援をしていたペシャワル会の伊藤和也氏が犠牲になっている。にもかかわらず、ボランティアを目指す若者は増える一方である。国際協力を教える大学もまた増えている。
 一方、憲法9条を護ろうという運動も燎原の火のごとく全国津々浦々に拡がっている。作家の井上ひさし氏や憲法学者の奥平康平氏あるいはノーベル物理学賞の益川敏英氏やなど錚々たるメンバーが呼びかけ人や世話役を務める憲法9条の会は全国に続々と誕生しており、知識人を中心とする賛同者は900人近い。最近では「憲法9条を世界遺産に」という宗教学者の中沢新一氏や「爆笑問題」の太田光氏の主張まである。
 また現在存命中のほとんどの日本国民が戦後の平和憲法の下で平和主義を骨の髄まで教育されてきており、護憲運動に積極的に参加する市民の数は日本全国に無慮数百万いるといっても過言ではないだろう。さらに、これまで戦後一貫して護憲運動の先頭にたち、現民主党政権の母体となっている連合(日本労働組合総連合会)は675万人(2008年)もの組合員を抱えている。
 仮に護憲派市民数百万人のうちわずか0.01%でも志願すれば数百人規模の憲法9条部隊ができる。また護憲派市民一人が護憲と国際平和のために一万円を寄付するだけで、数百億円規模の憲法9条基金が創設できる。また護憲派の連合を中心に憲法9条部隊を編成すれば、自衛隊のPKO部隊など足元にも及ばないほど高い専門性を持った部隊ができる。なにしろ連合には医療、教育、運輸、建築、土木などさまざまな職種の組合員がいる。これら、さまざまな技能を備えた組合員のうち1万人に一人が志願し組合員が1万円を拠出すれば、たちどころに「キリスト教平和隊」、「日暴力平和隊」や「国境なき医師団」など他国のNGOに負けない高度な技能を備えた憲法9条部隊が編成できる。
 憲法9条部隊は自衛隊や「国際平和協力隊」のような国家組織でもなければJICA(国際協力機構)のような独立行政法人でもない。純然たる市民のボランティアによるNGO組織として編成できる。つまり憲法9条部隊は日本市民による地球市民のための平和部隊である。
 このように護憲派による憲法9条部隊はきわめて現実的な日本国の、否、むしろ日本市民の国際協力の方策といえる。平和憲法を世界に輸出しようという運動をしている憲法9条の会の人々や、護憲運動を推進してきた人々、さらには市民による平和を主張している人々がよもや憲法9条部隊への志願を躊躇するはずはない。
 これまで政府や在京大使館などへの抗議運動をしたり街頭でのビラ配りをしたり、各地で仲間内の学習会を開くくらいしか護憲運動の実践の場がなかっただけである。一度憲法9条部隊という国際的な護憲運動の実践の場ができれば、そして憲法9条を世界に輸出できる機会が与えられれば、志の有る人々は我先にボランティアとして参加を申し出ることは必定である。
 実のところ、憲法9条部隊の創設は自衛隊の国軍化や日米同盟の強化を主張する改憲派にとっても意義がある。というのもわが国を取り巻く安全保障の現状を考えると、多数の兵力を国際協力のために海外派遣することは必ずしも容易ではなく、むしろ憲法9条部隊を自衛隊の補完や代替として国際貢献活動に従事させた方が日本の安全保障にとって好都合だからだ。
 平和と安定が訪れた欧州地域とは対照的に、アジア地域では中国やインドの台頭、北朝鮮の核兵器保有など冷戦時代以上に不安定な状況が現出しつつある。また昨今のわが国の財政事情の悪化で2003年以降自衛隊予算は対前年比で縮小するばかりか、国際協力のための定員増も認められないありさまだ。国際貢献の名の下に多数の精鋭の隊員や艦船・航空機を海外に派遣すれば、それこそ国土防衛に支障をきたしかねない。
 自衛隊が抱えるこの問題を解決するために憲法9条部隊は最適の方策である。あくまでも自衛隊は日本の防衛を最優先とし、海外での国際貢献は基本的には憲法9条部隊に任せるのである。
 これまでも自衛隊のPKO活動について護憲派からはさまざまな批判が出ていた。いわく資金をかけすぎ、地元の役に立たない、技術が粗雑など、民間の専門家にまかせればもっと効率的な国際貢献ができるはずなど、さまざまである。誤解や偏見に基づく批判もあったが、多くは至極真っ当で的を射ている。だからこそ連合などから医療、教育、運輸、建設、土木などさまざまな専門家を集めた憲法9条部隊の出番となるだろう。
 もし憲法9条部隊が国際貢献の柱となれば、自衛隊は本来任務である国土防衛の任に心置きなくあたることができる。自衛隊による国際貢献を主張している改憲派も、まさか本土防衛をおろそかにしてまでも国際貢献を重視せよとは主張しないだろう。たしかに国際貢献は自衛隊の本来任務の一つに格上げされた。しかし、やはり本来任務とは国家防衛である。この国土防衛は自衛隊、国際貢献は別組織という構想には社民党など護憲派勢力も反対はすまい。なぜならこの構想こそ彼等の提案であったからだ。
 改憲派の一部からは自衛隊が人的貢献をしないことで日米同盟に悪影響を与えるのではないかとの懸念があるかもしれない。それは杞憂である。日米同盟にも憲法9条部隊は役立つ。米国政府には、アジアの平和と安定こそが自衛隊の最優先の任務であることを理由にそれ以外の地域での対米協力を控えめにしたいと申し入れても、米国との協力関係が損なわれることはないだろう。つまり、アジア地域での安全保障に自衛隊がこれまで以上に多くの責任を負う一方、米国の国際安全保障への活動については、やはりこれまで以上に日本が基地や施設の提供等後方支援で協力を行うのだ。また自衛隊の代わりに憲法9条部隊を派遣すれば、間接的にであれ国際社会への貢献を通じた対米協力にもなるだろう。
 自衛隊の補完や代替の役割を果たすとはいえ、憲法9条部隊はもちろん自衛隊の補完部隊や代替部隊でもなければ、従来の別組織論とも異なる。つまり自衛隊を海外に出さない、出せないから別組織を創設するというのではない。自衛隊が派遣できようが、できまいが、それとは全く無関係に、憲法9条部隊は純然たる人間の安全保障を目指した国際協力組織として編成するのである。
 自衛隊が行う国際貢献はあくまでも国家による国際協力である。他方NGOは地球市民による地球市民のための国際協力である。それこそ真の意味での人間の安全保障すなわち人間の人間による人間のための安全保障である。これまでの国家による「人間の安全保障」とは画然と異なる。
 仮に、万々が一憲法9条が改正され、集団的自衛権の解釈も変更され、自衛隊の海外派遣が可能になったとしても、憲法9条部隊による国際協力の意義は決して失われるものではない。それどころか憲法9条部隊の重要性をなおさら世界にアピールする方策となるだろう。
 護憲派の人々の主張は憲法9条の平和主義の精神を世界に輸出し世界を平和にすることにあるはずだ。仮に日本で護憲に失敗したとしても、その理念が失われることはない。だとすれば日本を越えて世界の恒久理念として憲法9条部隊を通じ憲法9条の精神を世界に広げる運動や非暴力による平和構築の実践は、憲法改正や集団的自衛権の解釈変更などの日本の国内事情に左右されることなく永遠不滅の意義がある。憲法は改正された、しかしわれわれは憲法の精神を永遠に受け継ぎ実践していくと宣言し、憲法9条部隊を通じ実践すればよいのだ。それは、かつてパリ不戦条約が実現できなかった自衛戦争を含めた全ての戦争の廃棄という理想の実践でもある。
 
 とりあえず、言い出しっぺの私が「憲法9条部隊」の可能性を確かめるために、2月19日から3月5日までアフガニスタンとパキスタンを現地調査する。防弾車にも乗らず防弾チョッキも身につけない。憲法9条を「読九」すれば護憲派の人々が信ずるように、私に銃口を向ける人はいないだろうし、仮に撃たれても弾はあたらないだろう。
 闘え!護憲派諸君、今こそ憲法9条部隊に結集せよ!私の後に続け!

2010年1月29日金曜日

武器輸出三原則の緩和を

 2010年1月12日、北沢俊美防衛相が日本防衛装備工業会主催の会合で、武器輸出の原則禁止を定めた政府の「武器輸出三原則」について「基本的な考え方を見直すこともあってしかるべきだ」と述べた。連立を組む社民党の福嶋党首に配慮したのだろう、鳩山首相は直ちに軽率な発言だとして北沢防衛大臣を批判した。
 武器輸出三原則の見直しは防衛省の長年の目標であり、麻生政権下では「安全保障と防衛力に関する懇談会」が昨年8月に三原則の緩和を提言している。
 防衛省が武器輸出三原則の緩和を求める理由は大きく分けて三つある。第1に武器購入価格の高騰。武器輸出ができないために自衛隊しか購入先がなく、少量生産で兵器価格が高騰する。第2に他国との共同開発が困難なために技術交流ができず「技術鎖国」化してしまう。第3に日米間の技術を通じた同盟関係の強化が困難である。
 私は、武器輸出三原則は少なくとも「武器」について再定義した上で、下記の佐藤三原則まで緩和すべきと考える。
 ところで武器輸出三原則には、あえたて言えば2種類ある。
 第1は1967年の佐藤栄作首相の三原則である。それは、以下のような国・地域に「武器」の輸出を認めないこととした。
共産圏諸国向けの場合
国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合
③国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合
 第2は、1976年に佐藤三原則を拡大した三木武夫首相の修正版三原則である。同政策では、三原則対象地域については「武器」の輸出を認めないとした上で、次のような拡大修正が加えられた。
➀三原則対象地域以外の地域については憲法及び外国為替法及び外国貿易管理法の精神にのっとり、武器の輸出を慎む。
②武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱う。
 現在武器輸出三原則とは、この佐藤三原則より厳しい三木三原則をいう。
 では三木三原則が厳格に遵守されているかといえば、必ずしもそうではない。例外規定が設けられている。その典型が米国に対する技術供与である。1983年の中曽根内閣時代に、「日米安全保障条約の観点から米軍向けの武器技術供与を緩和することを武器輸出三原則の例外とする」との修正が加えられた。
 これだけではない個々の兵器についても時代に応じて例外扱いとされ、輸出対象からはずされた兵器がある。例えば1991年輸出貿易管理令では、地雷探知機や対人地雷除去機は例外扱いとされている。これは地雷被害国に本来なら武器にあたるこうした機器を供与するために、例外扱いせざるを得なかったからである。また2006年には「軍艦」に相当する海上保安庁の巡視船がインドネシアにODAの一貫として例外扱いで輸出された。このように政治的状況によって武器輸出三原則はこれまでも比較的弾力的に運用されてきた。
 こうした例外規定が設けられた背景には政治的理由もあるが、何よりもRMA(軍事革命)と呼ばれるような兵器技術の著しい進歩がある。
 そもそも武器輸出三原則の最大の問題点は「武器」の定義が曖昧なことにある。武器輸出三原則では武器をこう定義している。「軍隊が使用するものであって直接戦闘の用に供されるもの、本来的に、火器等を搭載し、そのもの自体が直接人の殺傷又は武力闘争の手段として物の破壊を目的として行動する護衛艦戦闘機戦車のようなもの」をいい、具体的には輸出貿易管理令の第1項にあげられているものを指す。
 この定義はあまりに一般的かつ古典的でコンピュータを中核技術とする現在の武器には必ずしもあてはまらない。
 そもそも「武器」は破壊体、発射体、運搬体そして運用体の四つの部分からなるシステムである。たとえば戦闘機を例にとってみよう。破壊体とはたとえば戦闘機に搭載されている機関砲の弾丸である。弾丸が爆発して相手機を破壊する。発射体とは弾丸を発射する機関砲である。運搬体とは、その機関砲を搭載する戦闘機である。そして運用体とは戦闘機を運用する地上の管制誘導システムである。こうした四つの部分からなるシステムが合体して一つの兵器体系を形成し、戦闘の用に供されるのである。
 この四つの部分のうち、厳密には破壊体と発射体だけが「そのもの自体が直接人の殺傷又は武力闘争の手段として物の破壊」をする用に供されるのであって、他の運搬体と運用体は破壊とは直接関係はない。防衛省や日本防衛装備工業会が緩和を求めているのは、専ら運搬体と運用体の技術供与や部品の輸出である。
 実際、運搬体はこれまでなら、「本来的に、火器等を搭載し、そのもの自体が直接人の殺傷又は武力闘争の手段として物の破壊を目的として行動する護衛艦戦闘機戦車のようなもの」という定義にあてはまっていたかもしれない。しかし、最近の運搬体は、必ずしも「本来的に、火器等を搭載し、そのもの自体が直接人の殺傷又は武力闘争の手段として物の破壊を目的として行動する」とは限らない。
 その典型的な例が、「テクニカ」である。これは主にトヨタのピックアップ・トラックやランド・クルーザー(運搬体)を改良して荷台に機関銃やロケット・ランチャー(破壊体と発射体)をとりつけた戦闘車輛である。イラン・イラク戦争でイラン軍がイラク軍の戦車に対抗して導入したり、またチャドやアンゴラなどアフリカ各地の内戦で盛んに利用された。またヤマハの農薬撒布用の無人ヘリコプターも偵察機に転用可能で、自衛隊がイラクのサマワに持っていった。他国から売却の要請があったというが、これも武器輸出三原則に抵触したために売却できなかったという。
 専ら民生用に開発された技術が組み合わされて軍事に転用されるという例はこれらに限らない。運用体部分では、ソニーのプレステ3を大量に使用して簡便な並列型スーパーコンピュータとして米軍が利用している。またプレステ3のCPUはグラフィック処理に優れているためにミサイルの誘導部分の目標の形状認識に用いられているという。さらにソニーのビデオカメラに用いられている光学素子は精密誘導弾の誘導部に用いられている。 
 武器輸出三原則が制定された60年代や70年代とは異なり兵器は著しい進歩をとげている。昔は軍用技術が民生技術に応用されるスピンオフが主流だったが、今では逆に民生技術が軍事技術に転用されるスピンオン技術が主流となっている。したがって武器輸出三原則で技術を規制してしまうと民生技術、部品、製品にも大きな影響が出る。たとえば国外持ち出しが貿易管理例によって規制されているプレステ3やラップトップコンピュータなどがその典型である。
 このように武器輸出三原則で想定していた「武器」は、RMA時代の現在その様相を一変させている。破壊体や発射体の進歩は事実上とまってしまったが、他方運搬体とりわけコンピュータを基幹技術とする運用体の進歩は著しい。日本がこの部分で他国との技術交流や共同開発ができなければ、日本の兵器の「ガラパゴス」化を起こしかねない。それは事実上絶滅への一里塚である。だからこそ、武器輸出三原則の緩和が求められる。  
 

2010年1月28日木曜日

鳥越俊太郎はどうなっている?

 最近の鳥越声俊太郎はいったいどうしたのだろうか。もともとそうだったのか、とにかくひたすら反米的言辞を弄している。反米的というより、明らかに頑固な老人の繰言だ。若く見えるが、1940年生まれの70歳。世間ではとっくに引退の年だ。
 頑固な年寄りの繰言といえば、それは旧くは小汀利得や細川隆元のように保守派の爺さんと決まっていたものだ。ところが高齢化社会になって旧安保世代のサヨク生き残りが高齢化し、ウヨク爺さんに取って代わったようだ。
 先日(2010年1月27日)のスーパーモーニング(テレビ朝日)のことだ。ハイチへの自衛隊PKO派遣について司会者がその背景について、こう説明した。ハイチ救援は最近ギクシャクしている日米関係を慮った対米配慮だ、と。するとカメラが切り替わる前に鳥越が「ふざけるな」と怒声を発した。「対米配慮などする必要ない、ハイチの人たちのことだけを考えればよい」とまるでウヨク爺さん評論家の三宅久之のように癇癪まぎれに怒鳴りあげた。その語気に気おされたのか、コメンテーターの落合恵子や森永卓郎も「ハイチの人のことを第一に考えるべきだ」と鳥越へのお追従のコメントをしていた。
 この発言に限らず、最近の鳥越の発言は明らかに呆けている。普天間問題の発言にそれが如実に現れている。
 彼は、昨年来一貫して鳩山首相が米国との約束を破って普天間問題を白紙に戻したことを大いに褒め称えていた。アメリカはオバマ新政権に代わってからポーランドとチェコへのMD配備計画を反故にした。だから日本も旧政権の時の約束を反故にしてもかまわない、とずっと言い続けていた。
 確かに約束は必ずしも100パーセント守られるとは限らない。しかし、約束を破れば子どもの間でも信用を失い、嘘つき呼ばわりされる。それは国家間でも同じだ。国家が約束を破れば信用を失い、外交には大きな痛手となる。米国がポーランドやチェコとの約束を破ったことで、両国は対米不信を募らすことだろう。それが今後米国の対東欧政策にどれほどの悪影響を与えるかは不明だ。それを覚悟で米国は約束を反故にした。米国の約束違反をみて、ポーランド、チェコ以外の国々も対米不信を募らせたことだろう。
 鳥声は、日本が辺野古への基地移設の約束を破ることで日本がどれだけの不利益を被るかについては何ら関心がないようだ。実際、約束を破ったからといって米国が直接日本に対して経済制裁や軍事制裁をかけてくるわけではない。だから約束を破ってもいいんだと言わんばかりの主張を鳥越はくり返していた。しかし、経済制裁や軍事制裁以上に日本にとって、鳩山政権にとって米国や国際社会の信頼を失うことの方が遥かに深刻な問題である。日本と約束をしてもいつ反故にされるかわからないと思えば、どこの国も日本との約束をかわすことに二の足を踏むだろう。鳥越は日本が信用を失うことをどのように考えるのだろうか。
 さらに、鳥越は最近になって、新安保条約締結50周年を迎えてもう一度安保条約を全面的に考え直してはどうかという。たしかに、一般論としては納得できる。ただし、具体的にどのように考えるのかが明確でなければ、考え直すといっても単なるスローガンにしかならない。
 とはいえ鳥越が考える安保を考え直すというのは、恐らくは安保条約を破棄せよということでないかと推測する。というのも2007年にある番組で彼はこう発言したことがある。「今の日本は差し迫った防衛上の危機は無い。したがって防衛予算は大幅に削減するべきである」。
 ウヨク爺さんが改憲、安保維持、軍事力強化を叫ぶように、サヨク爺さんは護憲、安保破棄、軍事力削減を声高に叫ぶ。どちらにしても、老人は早く社会の一線から身を引くべきである。とりわけ団塊の世代の還暦過ぎの老人は早く引退すべきだ。若者が色が無くて困っているのも、年金や健康保険の重圧に喘いでいるのも、結局は老人世代のせいである。ウヨ、サヨに関わらず老人が日本を悪くしている。鳥越俊太郎も早くメディアから引退すべきだ。

2009年12月10日木曜日

鳩山政権の自爆外交

大方の予想に相違して、鳩山首相の安全保障政策はブレていないことがはっきりした。普天間基地の移設先はあくまでも県外か国外で一貫しているようだ。10月頃は江戸幕府の「ぶらかし」戦術をとっているのかと思ったが、日米関係が険悪化を恐れる岡田外相や北沢防衛相が早々とアメリカに白旗を挙げて日米合意通り普天間基地の辺野古移設止むなしと決断しているにもかかわらず、県外あるいは国外移設に固執する鳩山首相の決意はますます強固になっていくようだ。まさに幕末の尊皇攘夷派にそっくりだ。今風に言えば、さしずめ尊中攘米といったところか。
 ところで私は10月25日のブログで皮肉を込めて以下のように書いた。
---私は、鳩山外交を断固支持する。それは鳩山の友愛外交や寺島「外交」を支持するということではない。「ぶらかし」外交を続けてきた江戸幕府は最後にはペリーの圧力に負けて開国をした。今度こそ鳩山外交は最後までつっぱって、是非対米「開戦」路線をとってほしい。そうすれば、アジアの「冷戦構造」が一気に瓦解し、国内情勢はもとより国際情勢も流動化するだろう。その過程でこそ国内社会では明治以来の官僚支配構造も、また国際社会ではアメリカの支配構造も崩壊するだろう。
 鳩山政権には是非、政党を壊すことしかできなかった「壊し屋」小沢一郎以上に、官僚支配、米国支配の「壊し屋」になってほしい。鳩山政権に歴史的意義があるとするなら、対米「開戦」の捨て石になることである---

 鳩山首相は奇しくも、太平洋戦争開戦の12月8日に普天間問題を先送りすることを明確にした。これこそ現代の「対米開戦」の宣戦布告である。鳩山首相の「対米開戦」の決断には右、左を問わず反米派を中心に案外共感する人は多いようだ。小沢一郎も党務に専念するという名目で事実上鳩山外交を容認している。湾岸戦争の時にアメリカから恫喝され、巨額の資金を提供させられたトラウマでもあるのか、彼は以後親米から親中に舵を切ったようだ。米国へのあてつけのように大訪中団を率いて中国首脳部への叩頭外交を実行している。
 鳩山首相には安全保障に対する明確なビジョンがないと批判される。たしかにその通りだ。ただし、不明瞭でおぼろげながらも、これまでの冷戦的世界観ではない多国間協調の友愛的世界観に基づいて外交政策を展開しているように思えてきた。鳩山首相が描く世界は日米の既存の安全保障コミュニティの住人が描く国家中心的世界ではなく、非国家主体も交えた多中心的世界あるいは市民が主人公の国家を超えた人間中心的世界なのだろう。そうした世界には米軍基地はふさわしくないと本心から思っているようだ。
 鳩山首相がブレルことなく友愛外交を実現するには、いくつかの条件がある。
 第1に、米国からの圧力、国内の親米派からの圧力をはねのけて政権を維持できるか。
すでに鳩山下ろしの噂が立ち始めている。後釜と噂されているのは菅直人である。アメリカは反米政権にはさまざまな手段で圧力をかけてきたことは歴史が証明している。はたして鳩山に国内外からの圧力をはねのけて政権を維持できる力量があるのだろうか。鍵を握るのは間違いなく小沢一郎だ。小沢が国内外からのアメリカの圧力を凌ぐことができれば鳩山政権も存続できるだろう。 
 第2に、日米安保、日米関係をどうするのか。日米地域協定の改定や米軍基地の整理・再編をマニフェストに掲げているが、問題はそれだけでなく日米安保体制、日米関係そのものの見直しは避けられない。つまり「影の外務大臣」であり事実上の外務大臣である寺島実郎が繰り返し強調している日米関係の再設計である。寺島に腹案はあるのだろうが、どのように再設計するかはいまだに不明だ。
 第3に、日本の安全保障政策をどうするか。米国との対等な関係を維持しようと思えば、通常は自主武装に踏み切らざるを得ない。すくなくとも集団的自衛権の解釈を変更し、できれば憲法9条を改定し、さらに国防費を少なくとも諸外国なみのGDP3パーセント、現行の約3倍にまで増額し、さらに核武装をもする必要があるだろう。この自主武装路線でなければ、日米同盟に代わる、あるいは補完する全く別の安全保障体制を構築しなければならない。たとえば日中軍事同盟、日米中安全保障同盟、東アジア集団安全保障体制などである。
 恐らく鳩山首相は日本の安全保障政策や今後の日米関係について深く考えてはいないだろう。「仲よきことは善き哉」くらいにしか考えていなだろう。こちらがよいことをしているのに相手(米国)が怒るはずもないないと軽く考えているのではないか。
 鳩山首相の友愛外交が今後もブレルことなく続けば、前述のブログでも書いたように、国内政治だけでなく国際政治にも大きな激震が走るだろう。その時日本は国際社会で今のような地位を維持できるかどうかはきわめて疑わしい。鳩山政権の友愛外交は自爆外交となり国内外の秩序を吹き飛ばし、日本に文字どおり「回天」をもたらすだろう。